インド映画でちょっと休憩

インドに愛を込めて

Asuran(アスラン)

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2019年公開

出演:ダヌシュ

   マンジュ・ワーリヤル

   プラカーシュ・ラージ

   パスパティ

   アードゥカラム・ナレーン

監督:ヴェットリマーラン

言語:タミル語+日本語字幕(機械翻訳/見切れあり)

時間:139分

媒体:DVD

 

あらすじ

シヴァサーミ(ダヌシュ)の一家は真夜中、追手から逃げるところだった。村ではナラシンハン(アードゥカラム・ナレーン)が殺されたことで騒然としていた。

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シヴァサーミたちはティルネルヴェーリにあるテッコールという村に住む、ダリットであった。テッコールの北にあるヴァダコールに暮らす裕福なナラシンハンたち一族は、自身の事業拡大のため土地を必要としていたが、それにはシヴァサーミたちが持つ農場も含まれていた。頑なに土地を譲ろうとしなかったシヴァサーミ一家は嫌がらせを受けるも、折れず抵抗を続けていた。

ある日、ナラシンハ一派の男たちがお互いの取り決めを破り不当に井戸の水を奪おうとしたため、シヴァサーミの長男ヴェールムルガン(ティージャイ・アルナーサラム)との間で喧嘩が起こる。ヴェールムルガンは逮捕されてしまい、シヴァサーミは事態を収束させるため村中に謝罪してまわる。息子は、周囲に反抗しない父親を不思議に思う。

ある夜、以前の報復かのようにヴェールムルガンが奇襲を受ける。それを見ていた次男チダンバランによって一家の知るところとなるが、有力者に付いている警察は非協力的だった。

翌日、ヴェールムルガンの首がない死体が発見され…。

 

いろいろ

ご近所トラブルサバイバルアクション…!!と書くとまぁちょっとふざけてるんですが、

カーストが上の集団が下を抑圧し搾取する図式と金を持つ者にとって都合よく動いてしまう治安システムが暗い影を落とす田舎の中で、弱者に置かれている主人公たちが危機を切り抜け、抗い続ける姿を描いた話です。

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「兄さん」から「父さん」の領域へじわじわと踏み込んできている(私生活だとずいぶん前からパパだけど)ダヌシュが、3人の子供をもつ農夫の役。

鑑賞前のスチルだけから汲み取れた情報から想像したのは"殺し屋"で、今考えるとなんで殺し屋?って感じではあるけどその時はスチルのダヌシュの剣幕が凄すぎてなんか殺しを生業にしてる人かなって浮かんできてしまってたのですわ…。剣幕は本編内でもしっかり出てきてて、生きるためとはいえなかなか殺しに長けた人物でした…そう、ダヌシュが過去やったあれやこれやの闇深い役を思い出す…。

 

正直わりとグロいです。筆頭は首のない死体ですね…状況も相まってあれは血の気が引く…首のところ断面だけモザイクかかってた~~ん~~~~!!!!腕ちょん切りとかもありましたわ。

グロいグロいって言うと引いてしまうけど、タミルアクションとしては一級品でした!猪相手でもめっちゃかっこいいシーンが撮られてたよ。

あとは武器が鉈か槍…槍!!槍は珍しいのでは?日常的には農村で害獣を討つときに使用しているみたいでした。ザクッグサッシャッッって感じで全体的に切れ味のいいやつ。野性味がありました。逆に痛そうなやつ。代わりに銃関連はあんまりというか出てこなかった…?近代的な武器は印象が薄いです。

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敷地問題が事の中心ではあるけど、単なるご近所トラブルではなく(そりゃそうだ)、根底にはカーストと富の差があるのが心を抉ってくる。主人公は過去の辛い経験からそれを理解していて、今は家族を守るためにも無意味な状況では争わないようにしてた。しかし逃れられなかった、一家全員の命が危うくなるという最悪の状況。それでも絶望より希望を託そうとするその姿よ。自分は間に合わなかったけど、次世代はこの環境から逃れられる術があることをシヴァサーミは知っている。

1968年に起きたキールヴェンマニ虐殺事件(Kilvenmani massacre)に類似する焼討ち事件がストーリーに絡んでくるなど、被差別者としても農業従事者としても厳しい状況に置かれていたダリット。この舞台は1980年代で約40年ほど前だけど、彼ら農村のダリット達の状況が今変わっていて欲しいと願うばかり。

 

リンク

予告編

重低音BGMがいいなと思うわけです

 

「Kathari Poovazhagi」

 

「Polladha Boomi」ダヌシュも歌う

 

DVDはなんどりさんとこで売ってるよ