インド映画でちょっと休憩

インドに愛を込めて

Jai Bhim(ジャイ・ビーム)

f:id:komeindiafilm:20211120173648j:plain

2021年公開

出演:スーリヤ

   リジョーモール・ジョース

   K.マニカンダン

   ラジシャー・ヴィジャヤン

   プラカーシュ・ラージ

   ラオ・ラメーシュ

   グル・ソーマスンダラム

   タミル

監督:T・J・ニャナヴェル

言語:タミル語+英語字幕

時間:164分

媒体:Amazon Prime

 

あらすじ

毒蛇やネズミなど害獣の駆除人として働くイルラ族出身の男ラージャカンヌ(K.マニカンダン)は、駆除を頼まれ上位カーストの家に入る。しかし後日その家で宝飾品が盗まれた際、家主がラージャカンヌに言及したうえ彼の指紋が残されていたため主要容疑者として逮捕されてしまう。ラージャカンヌは家族のため遠くへ出稼ぎに行っており盗みができるはずがなかったにも関わらず、被害者や上層部から圧力を受ける警部補グルムーティ(タミル)たちは彼を自白させようと拷問を繰り返した。不当な暴力は彼にだけでなく、ラージャカンヌの兄弟姉妹や妊娠中の妻センガニ(リジョーモール・ジョース)にも及んだ。女性は解放されたものの、男3人は特に残酷な仕打ちを受ける。

センガニが心配する中、ある日警察がラージャカンヌたちが逃亡したと知らせてきた。警察はセンガニを脅迫するが、センガニたちに心当たりはなかった。村で教鞭をとっていたミトラ(ラジシャー・ヴィジャヤン)のサポートで、チェンナイで人権活動家として弱者を助けていた弁護士チャンドル(スーリヤ)にたどり着く。センガニが窮状を伝えると、チャンドルは高等裁判所に「ヘイビアス・コーパス(人身保護令状)」を訴える。しかしこれは非常に難しい裁判の始まりだった…。

 

いろいろ

※今回必要かと思い私なりに調べたインド社会問題について説明を入れていますが、ごく一部でありまた素人が調べた限りのものなので、確実な情報を知りたい方は別途調べてください

f:id:komeindiafilm:20211120191738j:plain

「Jai Bhim」は反カースト運動の指導者ビームラーオ・ラームジー・アンベードカルの支持者たちの間で交わされたスローガンで、Bhim自体はアンベードカルのことを指しますが、スローガン自体はそれ以上の意味を持つものです。というわけで、このタイトルになっている時点でスローガンを知る人にはどういうテーマを取り扱っているのかが分かる仕組みになっています。

 

主人公チャンドルは実在する判事K.チャンドルをモデルとしています。彼は存命であり、この映画の制作に関わっているそう。事件も1993年の実際の事件をベースにしているとされているそうです。映画にする上で脚色や省略を挟み100%まるっとは真実と一緒でないにせよ、こういう事例があるという参考にはなると思います。

 

本作は11月頭に公開されて以降、映画の枠を超えた騒ぎになっています。経緯としては劇中で被差別側の指定部族イルラに特に残忍な行為をしたグルムーティという警察官のカーストが"ヴァンニヤル"と推定されることから、特定のカーストを侮辱したとしてヴァンニヤルのコミュニティから抗議の声が沸き上がりました。そしてタミル地方政治団体でヴァンニヤルの政党PMKの政治家アンブマニ・ラーマドースはスーリヤをはじめとするスタッフに該当部分の削除や損害賠償の支払いを求める法的通知を送り、また他の人物はスーリヤが特定の地区を訪れた際に彼を攻撃すれば10万円の報奨金を払うとアピールするなど事態は大きく悪化。スーリヤの家に警察の保護が付くなどしています。

※カーストの話はものすごい複雑なのでここで簡単に説明できるものではないけど、ヴァンニヤルのカーストはすごく高くはないというかむしろ低い方らしいっす

一方で、現在(2021年11月時点)IMDBで9.6の評価が付きました。それは「ショーシャンクの空に」「ゴッドファーザー」などを超えてトップになっています。時期によって変わりますが…。

普段は、まず最初はこういう出来事と映画は切り離して純粋に映画のみから感想を持つべき、また映画がドキュメンタリーではなくフィクションである以上ある程度現実と混同すべきではないと考えるのでここにばかり気を取られるのもなぁ、と思う部分はありますが、公開後にこういうことが起きるほど注目度が高いとみなしていい事例かと思い書きました。

 

映画の話に戻ります。

スーリヤが弁護士役、また事前に被差別部族のことを取り扱っていたことから、インド社会や裁判が中心になると思い難しい作品であろうと想像していました。実際台詞劇であり、裁判シーンも長く「ヘイビアス・コーパス」に代表される専門的な用語も出てくるので苦労する箇所はありますが、それ以上に意外とエモーショナル(弱者が虐待されて辛い、以外に)ではありました。メッセージ性は想像通り強く存在していました。

f:id:komeindiafilm:20211120192123j:plain

主演はスーリヤですが話はあくまでもイルラ族の一家が中心で、スーリヤ中心の映画としてはスーリヤの出演時間は控えめという印象でした。

イルラ族は実際に蛇の駆除などで非常に卓越した技術を持っているそうです。冒頭では彼らの食事や仕事などの暮らしが垣間見えるシーンがあり、私の好きなシーンでもあります。法的には保障が用意されているはずなのにそれをちゃんと受けるチャンスすらもらえず、また強い立場の人間に使役され続ける彼ら。その中でささやかに幸せを求めて生活していたにもかかわらず、一家がその後陥る状況はあまりにもひどすぎます。

 

構成は「ダンス(ほぼ)なし、ロマンス(ほぼ)なし、アクションなし」という感じになります。(この書き方苦手なんだけど端的でわかりやすいのよね…) ダンスは村で生活の一部としてちょっと楽しくしてる様子で出ているくらい、ロマンスはラージャカンヌとセンガニ夫婦がラブラブだよという説明的描写があります。ぶっちゃけ個人的には無いに等しいくらいかなりささやかです。歌はBGM的に盛り込まれます。そして多くの映画で対抗手段として「正義側が悪を断つ」の意味合いで描かれるアクションシークエンスは0です。本作に置いての「正義」は法的手段でのみ対抗します。一般市民は基本的に物理的に非力であり、そういった意味では非常にリアルです。ぶっちゃけタミルを代表するスターが出る大型作品としてはかなり注目していい点だと思います。そうありつつ、一方でカーストに関係なく強い意志を持つ人達が登場します。彼らはどんなに困難な状況であろうと、信頼する人がいる限り折れることはありません。彼らから得られるカタルシスがこの映画にはあります。特に前半でとあるセンガニとジープのエピソードは、アクションシーンを見てアドレナリンが沸き起こるのと同様の体験をしました。私はここに映画の持つパワーを感じました。

アクションに関しては、差別される側の人達の物語を描いたものの中には暴力で解決にもっていくものもあるなか(そして多くの場合かなり悲惨な状況に終局する)、作品によってアプローチがそれぞれ異なるのが興味深いです。

 

他には、立場が違うことによりお互いに違う正義をもつ2人、冷戦のように敵対していた弁護士(スーリヤ)と警視監ペールマルサーミー(プラカーシュ・ラージ)が後半で人道的共感のもと手を組むシーンが胸アツでした。

友情のようで友情ではない興味深い関係だなと思いました。

f:id:komeindiafilm:20211120183334j:plain

気になる登場人物で言うと腐りきった派出所の警官たちのなか、一人比較的まともな人物がいたのが気になりました。少しでも口答えや抵抗を見せたり抵抗すらしてなくても暴力をふるう警官ばかりのなか、一人だけサンガニに少しアドバイスをしたり優しく促してたりなのでホッとする感情が生まれるんですが、とはいえ彼はあまりにも周りが酷いが故に優しく見えるに留まっているだけで、上司たちが拷問をしていても止めさせるまでの力を持たず、ある意味傍観者になってしまっていることに悲しい気持ちにもさせます。辛いなぁ。

 

実際に20万人程存在するらしいイルラ族やそれを抑圧する別のコミュニティについてにも注目ですが、それ以外にはインド共産党(マルクス主義者)っぽい政党がセンガニたちを支援していた点でした。あまり知識がないのでどういう背景をもつものか気になりました。こういうコミュニティの人達を支援しているんかな。K.チャンドルは元々インド共産党の活動家だったらしい。鎌と槌のマークと赤い色が特徴的な団体です。

字幕は訳していけばほぼ理解はできます。一方で色んな箇所で知識が欲しいと思う内容だったので、解説と字幕つきで劇場公開されてほしいなって思いました。劇場公開されたとしたら重要なキーワードの説明でパンフが厚くなるやつですね。

 

リンク

「Vettakaara Kootam」このシーンがいいんだけどまだその動画出てないっぽいね 出たら更新しますね

 

 

「Thala Kodhum」

 

「Power」